うみねこのなく頃に咲 ~猫箱と夢想の交響曲~ - PS4
Amazon(アマゾン)
今日の
うみねこのなく頃に咲 〜猫箱と夢想の交響曲〜はどうかな?
テレビ番組の上にニュース速報のテロップが入る。それは災害情報で、あちこちの自治体で大雨洪水警報は波浪警報が出されたことを告げ続けている。
戦人「すっげぇ降りだな」
朱志香「台風の速度が遅いそうだから、下手すりゃ明日も丸一日こんな調子らしいぜ?」
譲治「やっぱり、日曜日のうちには引き揚げられないか。念のため、月曜日に外部とのスケジュールを入れなくて正解だったよ」
戦人「ってことは、月曜の学校はサボれそうだな。そういや、じゃしかは登校って、毎日、船で通ってるわけだろ?船が欠航したら学校はどうなるんだ?」
朱志香「船が出なきゃ休みになるぜ。たいてい、その代わりに自習が指示されて、後でかっちりと見られるからそうそう気楽でもねーさ」
戦人「例えば、梅雨なんかの長く天気が崩れる時期だと、数日間くらい登校できないこともあるんじゃねぇのか?」
朱志香「そういうこともあるぜ?でも、毎日、きっちり担任から電話が掛かってきて、どう自習しろ、何を提出しろと酸っぱく指導されるけどな」
譲治「戦人くんが考えてるほど簡単にサボれないよ。船で通う人たちのルールに従って、しっかり勉強しているよ」
朱志香「むしろ登校できた方が気楽だぜ?問題集ばっかり数日もやらされてるとかなり精神的に堪えるもんがあるぜ?大学の時にはよ、寮のあるところに入って、さっさとこんな不便な島からはおさらばしたもんだぜ」
戦人「じゃあよ、ちなみに行きは天気が良くても帰りは悪くて欠航ってなったらどうすんだ?」
朱志香「そういうのはよくあることだぜ。だから帰島できない人用の宿泊所があってよ。そこに寝泊りするんだよ。下手すりゃ数日間、家に帰れないこともあったりするぜ。私は島の生活なんてもうお腹いっぱいだね。早く高校を出て、こんな島とはおさらばしたいぜ」
戦人「高校にだって全寮制のところとかあったろうによ。なんでわざわざ新島の学校を選んだよ」
朱志香「私は最初っからそれを希望してたぜ!でも、お袋がよ、当後継ぎとしての修行やらマナーやらが云々ってうるさくてよ。結局、高校も地元になっちまったのさ。早く都会で生活したいよ」
譲治「もう少しの辛抱だよ。高校卒業まであとちょっとでしょ?」
朱志香「そのちょっとも我慢できねーぜ」
時間帯がぱっとしないせいか、面白い番組もやっておらず、戦人たちは夕食に呼ばれるまでの時間をけだるそうに潰すしかなかった。
真里亞は結局、このいとこ部屋には帰ってこなかった。多分、楼座に連れられて屋敷に行ったのだろう。
慎ましやかなノックの音が聞こえた。
朱志香「はーい」
嘉音「食事の準備が整いました。お屋敷へお越しください」
譲治がテレビを切って立ち上がる。
戦人「俺はとっくにぺこぺこ。郷田さん、仔牛のステーキって言ってなかったけ?たまらねえぜ」
朱志香「親族会議の日は特に豪華になるしな。私だって楽しみだぜ。行こ行こ」
部屋を出ると、嘉音がうやうやしく黙礼をしてくれた。
朱志香「じゃあ行こうぜ。外の降りはだいぶひどいだろ?」
嘉音「はい。お召し物を濡らさぬよう、充分ご注意ください・・・真里亞様はいらっしゃいませんか?」
朱志香「一緒じゃないぜ?楼座おばさんと一緒じゃないのかよ」
誰もいない客間のソファーに身体を預けていた楼座は、いつの間にか寝入ってしまっていた。
それに気づき、源次は毛布を持ってきた。それを掛けてあげようとしたところで、楼座は電気に弾かれたように目を覚ました。
楼座「あッ・・・ありがとう、源次さんなのね」
源次「起こしてしまいましたか。失礼いたしました」
楼座「いいの、寝るつもりかなかったから。今は何時なの?」
源次は懐から懐中時計を取り出して確認する。
源次「6時を少し過ぎたところです」
楼座「ありがとう、毛布は結構よ・・・雨、とうとう振り出したのね。風もだいぶ出ているようね。いよいよ台風なのかしら」
源次「そのようにテレビでは申しております。遅い台風だそうで、明日いっぱいはこんな調子だそうです」
楼座「この素敵な薔薇庭園も、日中のあれが見納めだったのね・・・そうだ、真里亞は?」
源次「私はお見掛けしておりませんが。ゲストハウスにお戻りではないでしょうか」
楼座は我が子の性分を良く知っている。真里亞は馬鹿が7つつくほどの正直だから、ないものを探しなさいと命じたら、ずっとずっと探し続けている。雨が降り出しても!
楼座「いとこの子たちは先に行ってしまったから、あそこには真里亞ひとり・・・あの子は、誰かにもう止めろと言われない限り、たとえ槍が降ってこようとあそこに居続けるわ!傘もささずに!!真里亞あああ!!!」
楼座は、源次の肩を弾き飛ばしながら、廊下を駆けだしていった。
表は実に台風らしい、豪快な降りになっていた。
戦人「とりあえず、今は真里亞が気になるぜ。まさかあの後も、ずっとひとりでヘソ曲げて、あそこで薔薇探しをしてるなんてことはないよな」
譲治「真里亞ちゃんはたまにすごく頑固で、ものすごく愚直な時がある」
嘉音「お屋敷ではお見掛けしませんでしたので、てっきりこちらにおられるとばかり。楼座さまは仮眠を取られておいででしたので」
朱志香「ここに来る途中に、見かけなかったのかよ?」
嘉音「申し訳ございません」
お屋敷とゲストハウスを最短距離で結んで薔薇庭園を突っ切ると、そこは真里亞が薔薇を探していた場所とは少しずれる。ましてやこの雨だ。嘉音くんが気づかなかった可能性は充分にある。
戦人「ここで議論するより、直接確かめる方が早ぇさ。兄貴、ちょいと駆けっこといこうなねぇかよ」
譲治「よし、決着をつけようじゃないか、行こう!!」
戦人と譲治は雨の中へ飛び出していく。その後を、朱志香と嘉音も追った。
楼座「真里亞!いるなら返事をしなさい!」
譲治「おばさん」
譲治が返事をすると、楼座はまるで取っ組みかかるかのように飛びついてくる。
楼座「真里亞はどこ?譲治くんたちと一緒じゃないの?」
譲治「いえ、僕たちは、あの後、真里亞ちゃんには出会ってません」
楼座「真里亞!!!」
戦人「真里亞!!!!」
薔薇の花壇を回り込むと、ひょっこりと白いそれが振り返った。白い傘だった。
真里亞は白い傘をさしながら、しゃがみこんで、まだ薔薇を探していたのだ。
泣き腫らして真っ赤になった顔は、雨と泥粒で汚れ、本当に痛々しいものだった。
戦人「お前、まだ探していたのか!」
真里亞「うー、見つからない。真里亞の薔薇、見つからない。うー」
疲れ切ってはいるようだったが、幸いにも傘を持っていたため、全身ズブ濡れというわけではなかった。多分、真里亞がいつも持ち歩いている手提げの中に傘があったのだろう。
楼座「真里亞!!!ごめんなさい、本当にごめんなさい」
楼座が傘を投げ出して、真里亞に抱きつく。
真里亞「うー。ない。真里亞の薔薇がない。うー」
楼座「あとでママも一緒に探してあげるから、ね?だから、今日はお預けにしなさい、ね?」
真里亞「うー。今日はお預け」
朱志香と嘉音が追いついてきた。
嘉音「すぐにお屋敷でタオルの用意をさせましょう」
朱志香「ずっとここにいたのか」
楼座「本当に悪いママでごめんね」
譲治「とりあえずお屋敷に行きましょう。このままじゃ、真里亞ちゃん、風邪をひいちゃう」
楼座「そうね、真里亞、行きましょう」
真里亞「うー。お腹すいた」
朱志香「もう食事の時間だぜ。天気が良くなったら、私たちも一緒に探してやるから」
みんなは真里亞を連れて屋敷に向かった。
真里亞は、夕食が仔牛のステーキであったことを思い出すと、お腹すいたすいた、うーうー!と連呼して、いつもの元気さを取り戻した。
楼座は、真里亞のうーうーをい咎めはしなかった。
朱志香「そっか傘を持っていたのか」
真里亞「うー、真里亞、傘なんか持ってない。うー」
戦人「じゃあその手に持ってる白い傘はどうしたんだよ?」
真里亞「うー、貸してもらった」
楼座「そう、その人にお礼を言わないとね。誰?」
真里亞「うー。ベアトリーチェ!」
楼座「そう、良かったわね。それで誰なの?」
真里亞「うー。ベアトリーチェ!うーうー!」
自分の言葉を信用してくれなかったことをすぐに感じた真里亞が、不機嫌そうな声を上げたので、楼座はそれ以上追及するのを止め、夕食の席で貸してくれた人聞くことにした。
蔵臼「お父さん、せめて晩餐にだけは出席してください。これでは親族会議になりません」
南條「金蔵さん、せめて夕食くらいは出んかね」
金蔵「黙れ、南条。ビショップが足りぬか・・・」
金蔵は、南條と長く続けてきたチェスの最後の攻防で頭がいっぱいなようだった。
南條「金蔵さん、私も腹が減った。下に降りて食事をせんか」
金蔵「ならばお前だけで行くといい。私はもうしばらく、この一手を吟味させてもらうぞ」
これ以上しつこく声を掛けても心に届くことはないだろう。南條は諦め、蔵臼が叩き続ける扉を開けた。
蔵臼「南條先生、親父殿は?」
南條「お役に立てなくて申し訳ございませんな、今や金蔵さんの世界はこの部屋だけです」
蔵臼はもう一度拳を振り上げ、扉を叩きながら怒鳴った。
蔵臼「私たちは下へ降りますが、気が向かれたらいつでもおいでください」
金蔵「晩餐にも息子たちの顔にも興味はない。私がここを出るのは、ベアトリーチェが蘇る時か、私が鍵の生贄に選ばれた時だけだ。もう悪魔のルーレットは回っている」
耳障りな扉を叩く音などまるで耳に入らぬかのように、金蔵は達観の境地でチェスの一手に黙考するのだった。
食堂には相変わらず、金蔵の姿だけがなかった。
蔵臼「親父殿は相変わらず御気分が優れられないそうだ。年に一度の親族が集まる機会に同席できないことを、非常に残念がられておられた」
絵羽と留弗夫が失笑する。金蔵の性分からして、残念がるわけもないし、この席に現れないことを残念がる親類もいなかったからだ。
蔵臼「では、ディナーを始めようじゃないか。郷田、始めたまえ」
郷田「かりこまりました。それでは始めさせていただきます」
楼座「えっと、真里亞に傘を貸してくれた人は誰かしら?」
絵羽「なんの話?」
楼座「さっき、真里亞が薔薇庭園にいた時に雨が降り出して、誰かに白い傘を借りたみたいなんだけど、お礼が言いたくて」
留弗夫「俺たちじゃねぇぜ。楼座が出てった後は、部屋を移してずっと仲良くおしゃべりしてたからなぁ」
秀吉「そうやで、あの後も兄弟で仲良くおしゃべりをしとったのや」
蔵臼「少なくとも、私と絵羽と留弗夫と、あと秀吉さんと霧江さんではないことも確かだね」
霧江「私たちは、夏妃姉さんと楼座さんが出て行った後もずっと一緒だったわ。食事の時間までずっとね」
絵羽「兄さんは源次さんと一緒にお父様を呼びに上の書斎へ。私たちはそのまま食堂へ直行したもの。だから私たちではないわね。傘を貸すなんて親切、使用人の誰かじゃないのぉ?」
楼座「じゃあ、郷田さん?」
郷田「私はずっと厨房で準備をしておりましたもので、申し訳ございません」
そこへ、オードブルを乗せた配膳車を押して、熊沢と紗音が現れる。
楼座「じゃあ、熊沢さんか紗音ちゃんかしら?」
紗音「なっ、何か粗相がございましたでしょうか」
譲治「違うよ、真里亞ちゃんが薔薇庭園に一人でいたときに雨が降って来てね、誰かが傘を貸してくれたんだよ。楼座おばさんがその人にお礼を言いたいって言うのさ」
真里亞「うー。ベアトリーチェ」
真里亞は口をとがらせながら、小声で魔女の名前を口にする。
楼座がもう一度状況を説明すると、熊沢はからからと笑った。
熊沢「私たちでもございませんよ。私も紗音さんも一緒にお部屋の準備をしておりましたから、お外には出ておりません」
紗音「はい、気が利かなくてすみません」
蔵臼「部屋の準備?」
夏妃「この雨ですから、客人の皆さんがゲストハウスにお帰りになるのも大変かと思って、使用人たちに屋敷内の客室の準備をするように命じたのです」
紗音「はい、奥様からそのようにご指示を受けまして、私と熊沢さんと嘉音くんの3人で準備をしておりました。そして、御夕食の時間になり、源次さまからゲストハウスのお子様方をお呼びするようお指示いただいたため、嘉音くんが行ってくれたのです」
熊沢「ですから、嘉音さんがゲストハウスに行かれる時に真里亞さんを見つけて、傘をお渡ししたのではありませんか?」
真里亞「うー。ちーがーうー!」
楼座「じゃあ、夏妃姉さん?」
夏妃「ごめんなさい、私は皆さんとの仲良くの語らいのあと、頭痛が酷かったので、自分の部屋で休んでいました。ですから、表は出ていません」
楼座「なら誰なの?譲治くんたち?のわけないわよね」
譲治「僕達じゃありません。僕たちはずっとゲストハウスでテレビを見てました」
朱志香「むしろ私たちは、真里亞はおばさんと一緒に屋敷に行ったとばかり・・・」
戦人「そこへ嘉音くんが来て、真里亞は一緒にいないのかと聞いたんで、初めて屋敷にはいないのかってわかったんだよ」
楼座はすっかり困惑してしまう。親類も使用人も次々に自分ではないと言い張る。
南條「もちろん、私でもありませんな。雨が降り始めてすぐの頃、金蔵さんの部屋を訪れて、ついさっきまで一緒にチェスをしておりました」
霧江「ということは、おじい様でもないようね」
戦人「妙な話になってきたぜ?あと残るの誰だ?」
楼座「じゃあ、誰?源次さん?ちょっと待って、別に私は何かの犯人捜しをしてるんじゃないのよ。雨の中の真里亞に傘を差し伸べてくれた人に、母としてお礼が言いたいだけなの」
留弗夫「落ち着けよ、楼座。傘を借りた本人に聞けばいいじゃねえか」
秀吉「真里亞ちゃん、おじさんんい教えてぇな。真里亞ちゃんに傘を貸してくれたのは誰や」
真里亞「ベアトリーチェ!」
蔵臼「はっはっはっはっは、なるほど森の魔女ベアトリーチェが不憫に思って傘を貸してくれたか」
楼座は納得がいかないようだ。
真里亞「うー。蔵臼おじさんの言う通り、ベアトリーチェが貸してくれたのうーうー!」
蔵臼「それは良かった。無垢だというのは実に羨ましいことではないか。はっはっはっはっは」
蔵臼は明らかに馬鹿にした表情で笑うが、真里亞は自分の主張を信じてくれたように感じたらしく、非常に満足げに喜ぶのだった。
朱志香「いったいどうなってんだ?まさか本当に魔女が現れて傘を貸したってのかよ?」
朱志香が、真里亞が聞こえないくらいの小声で聞いてきた。
戦人「真里亞って冗談が言えるタイプだっけ?」
朱志香「いや、昔から愚直なぐらい正直で真面目だよ。普通なら聞いただけでウソと分かるような冗談すら鵜呑みにするタイプだぜ?」
戦人「じゃあ、真里亞がベアトリーチェから傘を借りたと言ったなら、それは間違いなくベアトリーチェなのか?」
朱志香「真里亞に関してだけは、額面通りの意味だと思うべきだろうよ」
戦人「じゃあ、源次さん辺りが、あの肖像画のゴツいドレスを着て真里亞に傘を持って行ってやったって言うにか?」
朱志香「そんなこと知らねえぜ」
オードブルの配膳が終わり、郷田が自慢のうんちくを垂れた後、食事が始まる。
配膳車を押して厨房に戻る途中の熊沢たちは、源次と嘉音に出会う。
熊沢「源次さんですか、真里亞さまに傘を貸されたのは」
源次「なんのことだ」
紗音「雨が降り出した時に、真里亞さまは独りで薔薇庭園におられたそうで。そこで、どなたかに傘をお借りになったそうなのですが、それがどなたかわからないのです」
嘉音「僕じゃないよ。真里亞さまはゲストハウスにいると思ってたくらいだからね。戦人さまが最初に見つけられたときには、もう白い傘をお持ちだった」
源次「申し訳ないが、それは私でもない」
紗音「まさか、お館様でしょうか?」
源次「お館様は、真里亞さまのことをあまりお好きではない」
嘉音「同感だね。お館様が真里亞さまのために直々に階下までお越しになって、傘をお持ち下さるとは考えられないよ」
熊沢「あら、困りましたわね。では、真里亞さまに傘をお貸しになられたのは、本当にベアトリーチェさまってことに?」
そこへパンパンと手を叩く乾いた音が響いた。
一同が振り返ると、食堂から出てきた郷田だった。
郷田「ディナーは配膳のタイミングも大事です。すぐにスープの配膳に取り掛かってください。源次さん、彼女らは大切なお仕事中ですので、お引止めになられないでください」
嘉音は、尊敬する源次に対して見下したような言葉遣いをする郷田に敵意の眼差しを見せる。
それに源次が気づき、表情に出ていることを咎めるかのように肩を一度、ポンと叩いた。
嘉音は渋々ながらも顔を背け、表情を戻す。
源次「郷田の指示に従いなさい。今は晩餐の配膳を急ぐように」
郷田は紗音から配膳台車を奪うと、ぐんぐん押して先に厨房へと向かっていった。
熊沢「では私どもも厨房に戻らせていただきます」
紗音「私も、これで失礼いたします」
熊沢と紗音はその場を立ち去り、後に源次と嘉音が残った。
嘉音「ベアトリーチェさまが本当にお戻りになられたのでしょうか」
源次「わからん」
嘉音「お館様にお知らせしますか」
源次「せずとも良い。本当にお戻りになられたなら、やがて自らとお館様の前へ現れよう。それに、あれは気まぐれなお方。お館様にご報告差し上げたところで、お姿を現されないことには、何の意味もない」
嘉音「お館様の儀式はすでに始まっているということでしょうか」
源次「おそらく。だがそれは、我ら家具には何の関わりもないこと。お館様に受けた御恩を最期の瞬間までお返しするのみだ」
嘉音「はい、それが僕達家具の務めです」
主賓である金蔵を欠き、天候も最悪で、真里亞に傘を貸した人も謎のまま。なんともすっきりしない気分のまま、晩餐は終わりを迎えてしまった。
コーヒーや紅茶を積んだ配膳台車が戻ってきて、熊沢と紗音が配膳し、これで今夜の晩餐はおわりであることを郷田が説明した。
真里亞「うー。これでご飯は終わり?終わり?」
譲治「うん、これでおしまいだよ」
楼座「はしたないわよ。お席について落ち着いてジュースを飲みなさい」
真里亞は、時折轟く雷鳴が面白くて仕方がないらしい。早く食事を終えて窓辺に掛けていきたいらしく、さっきからそわそわと食事の終わりを待っているようだった。
席を立っ真里亞は、手提げ袋と取り出して中を漁った。
譲治「何だい、それは?」
見れば、いつの間にか真里亞の手には綺麗な洋風封筒が握られていた。
その封筒の表面には、右代宮家の家紋である片翼の鷲をイメージしたものが箔押しされていた。さらに赤黒い蝋で封までされていて、真里亞が悪戯に持っていていいものではない、格を感じさせた。
南條「その封筒は、金蔵さんの・・・」
真里亞が持つ封筒は、右代宮家当主、つまり金蔵がプライベート用に作らせた特注の封筒だった。つまり、この封筒は、金蔵からのメッセージが収められているのだ。
秀吉「ちょいと、わしに見せてみぃ!」
真里亞「うー。だめぇ、真里亞が読むの!真里亞がみんなに読んで聞かせなさいって言われたの!」
霧江「真里亞ちゃん、その封筒はどうしたの?」
真里亞「うー。傘を貸してくれた時にベアトリーチェにもらった。ご飯が終わったら、真里亞がみんなに読んで聞かせろって言われた、真里亞は魔女の、メ、メ・・・メンセンジャーなの。うー!」
絵羽「そ、それで中には何て書いてあるのかしらぁ、真里亞ちゃん」
真里亞「うー!読む!うー!」
真里亞は封筒を無造作に開ける。
蝋で封をされていただけなので、ぽろりと封蝋が取れてそれは開かれた。
封蝋が机の上に転がったので、それを素早く秀吉が拾い上げてまじまじと見た。そして、それを机の中央に置くと、夏妃、霧江、南條が睨むように注目する。
封蝋には、右代宮家の家紋であり、金蔵の紋章でもある片翼の鷲が刻印されていた。
夏妃「これは、当主様の紋章」
南條「これは間違いなく金蔵さんの封蝋だ」
霧江「例えば、封蝋用のハンコのようなものがあれば、金蔵さんでなくても封蝋はできるのでは?」
南條「いや、金蔵さんは封蝋には必ず、自分が指にしている右代宮家当主の証の指輪で刻印をする。この形や複雑な意匠は、間違いなく金蔵さんの封蝋だ」
蔵臼「親族であれば、一度くらい親父からの手紙を受け取ったことはあるはずだ。その封蝋をもとに、偽の紋章を作り親父殿を騙って刻印した可能性が否めない」
留弗夫「兄貴に同感だ。その封筒が親父の物であるという証拠にはならない」
絵羽「私もまったく同じよ。封蝋の刻印だけで、お父様の手紙だなんて決めつけることには同意できないわ」
兄弟たちは、その中に金蔵の意思が書かれていて、遺産に関して何か決定的な不利な発表をするのではないかと心底恐れていた。
楼座「真里亞、その封筒は、傘を貸してくれた人がくれたのね?」
真里亞「うー!」
楼座「うーじゃわからないわ」
真里亞「うー・・・うん。うー」
譲治「つまり、魔女ベアトリーチェが傘と一緒に真里亞ちゃんにその封筒を?」
「うー!」と真里亞は力強く頷く。
霧江「皆さん、これはおじい様の封筒ではなく、ベアトリーチェの封筒。誰が書いたのかはともかく、中身を聞いてからの判断でもいいんじゃないかしら?」
楼座「真里亞、読みなさい」
真里亞「六軒島へようこそ、右代宮家の皆様方。私は、金蔵さまにお仕えしております、唐家顧問錬金術師のベアトリーチェと申します。長年に亘りご契約に従いお仕えしてまいりましたが、本日、金蔵様より、その契約の終了を宣告されました。よって、本日を持ちまして、当家顧問錬金術師のお役目を終了させていただきますことを、どうかご了承くださいませ。
さて、ここで皆様に契約の一部をご説明しなければなりません。私、ベアトリーチェは金蔵さまにある条件と共に莫大な黄金の貸与をいたしました。その条件とは、契約終了時に黄金のすべてを返還すること。そして利息として、右代宮家のすべてを頂戴できるというものです。
これだけをお聞きにならば、皆さまは金蔵さまのことを何と無慈悲なのかとお嘆きになられるでしょう。しかし、金蔵さまは、皆様に富と名誉を残す機会を設けるために、特別な条項を追加されました。その条項が満たされた時に限り、私は黄金と利子を回収する権利を永遠に失います」
特別条項。
契約終了時に、ベアトリーチェは黄金と利子を回収する権利を持つ。
ただし、隠された契約の黄金を暴いた者が現れた時、ベアトリーチェはこの権利をすべて永遠に放棄しなければならない。
利子の回収はこれより行いますが、もし皆さまのうちの誰かが一人でも特別条項を満たせたなら、すでに回収した分も含めてすべてお返しいたします。
なお、回収の手始めとしてすでに、右代宮本家の家督を受け継いだことを示す右代宮当主の指輪をお預かりさせていただきました。
封蝋にてそれを、どうかご確認くださいませ。
南條「確かに、チェスの時、金蔵さんの指に何か足りんような違和感は感じとりました」
霧江「本当に指輪をお父様が確かに手渡したのか、この手紙が本当の話かどうかは、お父様に直接確認すればいいだけの話じゃない」
南條「果たして、金蔵さんがそれを答えてくれますかな」
蔵臼「黄金幻想自体が親父殿のまやかしだ!」
絵羽「でも、魔女様は仰ってるわよぅ。黄金を見つけた者に家督と全ての財産を引き渡すってね?つまりベアトリーチェさまは、お父様の顧問弁護士もしくは金庫番でもあられるってことじゃないのかしらぁ?」
留弗夫「兄貴の知らない人物が親父の財産管理をしてるようなことはありうるのか」
蔵臼「それない!私は当主代行として親父殿のすべての財産を把握している。私に知られずにそれらを自由にできる人間はいないはずだ!」
楼座「じゃあつまり、蔵臼兄さんの把握していない財産ってことじゃないの?」
蔵臼「馬鹿な!そんなものあるわけがない!」
秀吉「いや、あるで、それがお父さんの、いや、ベアトリーチェの隠し黄金や!」
留弗夫「話を整頓しよう。つまり、親父には兄貴も知らない腹心がいた。そしてそいつはずっと黄金の番と運用を任されてきたわけだ。あるいは悪魔の契約まがいのルールで融資した好事家の大富豪か」
霧江「その腹心のベアトリーチェさんは、自分の黄金を融資する相手として、息子兄弟の誰がふさわしいか試したい、ということになるのかしら?」
真里亞「黄金の隠し場所については、すでに金蔵さまが私の肖像画の下に碑文にて公示されております。条件は碑文を読むことができる者すべてに公平に。黄金を暴けたなら、私はすべてをお返しするでしょう。それではどうか今宵は、金蔵さまとの知恵比べにて存分にお楽しみくださいませ。今宵が知的かつ優雅な夜になるよう、心よりお祈りいたしております。
-黄金のベアトリーチェ」
TIPS:
魔女の手紙
金蔵の書斎の扉が打楽器のように激しく何度もたたかれている。
その向こうから聞こえる叫びは、蔵臼や留弗夫、時に絵羽の声。
怪しげな手紙の真相を問い質そうと押し掛けた兄弟たちだった。
黙々と食事を進める金蔵。
空いた皿を下げる紗音は、たたかれ続ける扉と金蔵の顔を、不安げに見比べる。
紗音「皆さんがお呼びですが、いかがいたしますか?」
金蔵「捨て置け。神と我が晩餐は沈黙と尊ぶ」
源次「黙らせますか?」
金蔵「必要ない。我が耳には届いておらぬ」
嘉音「真里亞さまがベアトリーチェさまより手紙を受け取られたとのことで、その真偽を確かめたいのでしょう」
金蔵「あやつめ、さっそく始めおったか、さぁ、ベアトリーチェ。存分に今宵を楽しもうではないか。お前の微笑みは永遠に私のものだ。もう一度見られるなら、富も名誉を、わが命するも惜しくはない。さあ始めるがいい、ベアトリーチェ。私が再びお前に奇跡の力というものを見せてやる!」
にほんブログ村PR