今日の
十角館の殺人はどうかな?
電話のベルでたたき起こされた。
枕元の腕時計を見る。午前8時だ。
守須恭一はのろのろと体を持ち上げ、受話器を取った。
「はい、守須です。何ですって?角島の十角館が炎上した?どうなったんですか、みんなは?そうですか・・・どうも・・・」
電話を切ると煙草に手を伸ばした。
1本を根元を吸ったあと、彼はすぐに2本目を咥えながら、再び受話器を取り上げた。
「江南か?僕だよ、守須だ」
「どうした、こんな朝っぱらから」
「十角館が燃えてしまったらしい」
「何ぃ?」
「全員死亡だそうだ」
「そんな・・・」
「僕はこれからS町に向かうけれど、お前も来るだろう?島田さんには連絡できるかな」
「ああ」
「関係者はとにかく、港の近くの漁業組合の会議室に集まれってことだから、いいね」
「分かった。すぐに島田さんにも知らせて、一緒に行く」
3月21日 月曜日 午前11時の角島。
大勢の人間が右往左往している。
「警部、S町のほうに、遺族がほぼ揃ったそうです」
トランシーバーを持った若い警官が叫んだ。警部と呼ばれた、40過ぎの太った男は、ハンカチで口元を押さえたまま大声で怒鳴り返した。
「よぉし、こっちへ来てもらえ。着いたらすぐ知らせろ。勝手に上陸させるんじゃないぞ」
それから、そばで黒焦げの死体を調べている検死係に目を戻し、「で、これは?」と尋ねた。
「男ですね」
おおきなマスク越しに検死係は答えた。
「わりに小柄なほうでしょう。後頭部にかなりひどい裂傷がありますよ。鈍器で殴られてこうなったとも考えられますね」
「ふうん。おおい、そっちはどうだあ」
少し離れた瓦礫の中で、他の死体を調べている係官に向かって声を投げた。
「こっちもたぶん男だと思いますが、どうやら火元はこのあたりですね」
「ほう」
「この仏さん、自分で油を被ったみたいですよ」
「ほほう。とすると、自殺かもしれない」
「そういう可能性も大いに」
警部が顔をしかめ、逃げ出すようにその場を離れた。それを追って、警官の一人が問いかけた。
「死体を運び出させますか」
「遺族が来るまで待ってろ。下手に動かして、死体と身の回り品がばらばらになりでもしたらことだ。誰が誰だが分からなくなる」
そして、彼はほとんど駆け足で風上に向かった。
「こりゃあ、昼飯は喉を通らんな」
S町の漁業組合会議室。
窓際に一人座った守須は、何本目かの煙草を安物の灰皿で揉み消した。
(角島、十角館炎上。全員死亡、か)
そろそろ午後1時になろうかという頃、ようやく江南と島田が姿を現した。
「どうなんだ島の状況は?」
江南は勢い込んで聞いた。守須は静かに首を振り、
「まだ詳しいことはわからない。さっき家族の人が、遺体の確認に向こうへ渡ったところだよ」
「本当に全員死亡なのか」
「うん。十角館は全焼。全員が焼け跡から死体で発見されたらしい」
島田は窓に寄りかかって、ブラインドの隙間から外を眺めていた。江南は守須の横に椅子を持ってきて座り、
「例の手紙の件は話したのか」
「いや、まだ言っていない。話すつもりで現物を持ってはきているけど」
「やられたな」
窓の外に目をやったまま、島田が呟いた。
「これはもちろん事故なんかじゃないさ。殺人だよ」
会議室にいる何人かの視線が3人のほうに突き刺さった。島田は慌てて声を囁きに変え、
「ここじゃあ滅多な話もできないな。外へ出ないか、二人とも」
守須と江南は黙って頷き、そろりと椅子から立ち上がった。
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