今日の
十角館の殺人はどうかな?
最初の被害者にオルツィを選んだのには、いくつかの理由がある。
オルルィは、千織と仲が良かった。おそらく彼女は千織の殺害にも積極的な加担はしていないだろう。しかし、だからと言って彼女だけを復讐の対象から外すわけにはいあかなかった。
もう一つの大きな理由、それはオルツィの左手中指に見つけた、あの金の指輪だった。
それまで、オルツィが指輪を嵌めている姿など一度も見たころがなかった。だからこそ気づいたのだ。これはかつて自分が誕生日のプレゼントとして千織に贈ったあの指輪かもしれない、と。
あの指輪の裏側には、自分と千織のイニシャルが刻まれていた。『KM&CN』と。
ホールに忍び出ると、まっすぐオルツィの部屋に向かった。6人には当然ながら隠していたが、十角館のドアのマスターキーを伯父から預かって持っていた。それを使って部屋に入る。彼女の眠りを覚まさぬように気をつけながら、素早く紐を首に回し、渾身の力を込めて引いた。
死体の指から、指輪を抜き取ろうとしたが、オルツィの指はひどくむくんでいて、どうしても指輪が外れなかったのだ。
強引な手段を講じようと決心した。手首ごと切り取ってしまうのだ。
左手を切り取るという高は、うまい具合に昨年の青屋敷の事件の見立てとなるものでもあった。すなわち、あとで島田潔が言っていた青司の影を、島の連中にほのめかすという効果である。
凶器の一つとして用意してあったナイフを使って、苦心の末、死体の手首を切断した。切り取った左手はさしあたり、建物裏手の地中に埋めて置いた。すべてが終わったあと、掘り出して指輪を抜き取るつもりだった。
外から侵入者の可能性を残すため、窓の掛け金を外し、ドアの鍵を外したままにしておいた。そして、厨房の引き出しから『第一の被害者』のプレートを抜きだしてきて、接着剤でドアに貼り付けた。
アガサの口紅に青酸を塗っておいたのは、その前日の27日の午後のことだった。すでに例のプレートが出現してはいたものの、彼らの警戒心はまだ薄く、部屋に忍び込むチャンスをものにできたのだ。
ところが、急いで行ったことでもあり、目についた1本しか毒を仕込めなかったため、この時限装置の作動は思いがけぬほど遅れてしまう結果となった。
次に用いたのが、例の十一角のカップだった。
あの奇妙なカップの存在は、連中が島にやってきたその夜に発見した。自分にまわってきたカップが、たまたまそれだったのだ。これは利用できる、と思った。
2日目の朝、プレートを並べたついてに、こっそりとあのカップを部屋に持ち帰った。食器棚には余分のカップがいくつかあったので、その中の1個を代わりに出しておいた。
使用した毒薬は、理学部の実験室から盗み出したものだ。シアン化カリウムと亜ヒ酸。カップに塗り付けるのは、無臭の亜ヒ酸にした。そして3日目の夕食前、動揺の続いている彼らの隙を狙って、この毒のカップを、厨房のカウンターに置かれていたカップのうちの一つとすり替えておいたのだった。
1/6の確率でもしも自分の手に十一角家のカップが回って来た場合には、黙って口を付けなければそれで済んだ。しかしそんな必要もなく、カーが『第二の被害者』となってくれた。
夜明け前になって、ようやく場は解散となった。皆が寝静まった頃を待ってカーの部屋に忍び込み、死体の左手首を切断して浴室に放り込んだ。見立てに一貫性を持たせ、オルツィの左手を切り取った理由を少しでもカムフラージュするためだ。そのあと、用意しておいたもう一組のプレートから『第二の被害者』を選び、部屋のドアに貼り付けた。
続いて、今度は青屋敷の焼け跡に向かった。
カーが倒れる直前、エラリイが口にした言葉を聞き留めていた。青屋敷に地下室はなかったか、というあの言葉を。
地下室が残っていることは、伯父から聞いて知っていた。そこには、他の荷物と一緒に漁船で運び込んだ灯油入りのポリタンクが、がらくたに混ぜて隠してあった。
どうやらエラリイは、何者かがこの地下室に潜んでいるという可能性でも考えているらしい。いずれ調べにいくことは見えていた。
松葉で床を掃き清め、誰かがいたような痕跡を作る。さらに、ポウの釣り道具から失敬したテグスを、階段に張り渡しておいた。案の定、翌日この仕掛けに引っ掛かったのはエラリイその人だった。
彼は足をくじいただけで大事には至らなかったが、若干の期待こそあれ、もとよりその程度の小細工で容易に死体を稼げるとも思ってもいなかった。
ポウが各人の部屋を知らべようと言い出した時には、少しばかり焦った。
むろん、そういう事態も考慮に入れてあった。プレートや接着剤、ナイフなどの品は外の草むらの中に隠してあったし、手首切断の際に血液が付着してしまった衣類は土に埋めてあった。灯油のポリタンクは地下室、毒薬は身に着けている。まさか身体検査までは行うまい。部屋に置いてあったのはウェットスーツ1着くらいなもので、それだけならば、たとえ見られたとしても何なりとごまかせる。
しかしながら、部屋の状態を知られるのは決してありがたいことではなかった。準備係を引き受けた責任上、自分が悪い部屋を選んだのだ、と言い逃れれば良かったが、できれば知らぬに越したことはない。だからこそ、あの時は自らポウの提案に異を唱えたのである。
その夜、アガサのヒステリーが契機となって、思いがけず、全員が早く部屋へ引き上げる成り行きとなった。本来、この夜に島を抜け出す予定はなかったのだけれども、まるまる一晩空いた時間を無為に過ごす手はないと考えた。O市に戻って江南に連絡を取れば、駄目押しのアリバイ工作になるからだ。
体調は悪くなかった。決心を固めるとすぐに、前2回と同様の手順でO市に向かい、いったん自分の部屋に戻った。そうして、国東からの帰りであると見せかけるため、キャンパスホルダーをバイクに積んだ上で、江南の下宿を訪れたのだった。
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