今日の神無迷路はどうかな?
清潔な白衣を着た長髪の女性が立っており、目の周りにクマがあった。年齢は30代前半だろうか。
「ここのものを勝手に触るな。壊したら弁償してもらうからな。
私は清水美紀、ここのスタッフだ。どうぞよろしく」
「失礼ですが、東京大学宇宙線研究所の清水美紀博士ですか?」と霜月が尋ねた。
「私のこと知っているんだ?」
「Natureに筆頭著者として論文を掲載されたことのある方は、名前を憶えていますから」
「Natureって何?」と波立が聞いた。
「世界トップクラスの科学雑誌のことです。そこに論文を掲載できる人は、学界のエリートなんですよ」と霜月が答える。
「美紀さんは暗黒物質探査の分野で世界的な専門家なんです」と若林が補足する。
「ここへは引き抜かれて来たんだよ」と清水が言った。
突然、清水が何かを思い出したように若林に顔を向けた。
「そういえば、ついさっき若林さん宛にセキュリティセンターから連絡がありました。折り返した方がいいのでは?」
「わかりました、確認してみます」
若林は部屋の反対側へと足早に向かって行った。
彼の急ぎ足で風が巻き起こり、ホワイトボードに留めてあった紙が宙を舞った。霜月が身を屈め、舞い落ちた紙を拾い上げた。
「これ、液体キセノン装置の設計図ですよね?実験で使用するんですか?」
「よく知っているな。暗黒物質の粒子がキセノン原子に衝突すると微かな光や電子の信号が発生するんだ。その信号を検出器内の光電子増倍管によって補足できるんだ」
「実験室は地下2000メートルにある。これは宇宙線からの干渉を減らし、暗黒物質をより効果的に検出するためですよね?」
「なかなか詳しいじゃないか!」
「私たちがこれから参加する実験って、暗黒物質の探査に関係しているんですか?そもそも暗黒物質って何なんです?」と話がさっぱりわからない波立は質問した。
「銀河が絶えず回っていることは知っているな。では、銀河の外縁にある星は回っているのになぜ放り出されないのか、考えたことはあるか?」
「宇宙そのものが膨張しているから、分散している最中なのでは?」
「銀河の外縁にある星々は、銀河の内側にある星々とほぼ同じ速度で回っている。つまり何らかの力がそれらを一体として保持しているということさ」
「重力ですか?」
「重力は物体の質量に比例する。物理学者たちは星の質量を計算し、目に見える物質からの引力では、銀河の構造を維持するのに十分でないことを発見した。そのため、私たちが直接観測することのできない、巨大な質量を持ったかなりの引力を生み出す物質が存在するはずだと推測した。
宇宙には存在するが、直接見ることも触れることもできないこの物質を、私たちは暗黒物質と呼んでいる」
「暗黒物質は星と星をくっつける接着剤だと考えることができます。その接着剤がなければ、星は銀河から放り出されてしまう。
暗黒物質は私たちの周りのどこにでも存在して、宇宙の全構成要素の約27%を占めると推定されています」と、波立の困惑した表情を見て、霜月が補足してくれる。
その時、清水が言った。
「厳密に言うと、今私たちの周りには暗黒物質は存在していない。それはな・・・」
話を遮るように若林の声が聞こえてきた。
「私、上に戻りますね」
「お疲れ様です」と清水が答えた。
若林は足早にエレベーターに向かった。
「あの、これから何をするんでしょうか?」と蕗屋が尋ねると、清水が言った。
「それじゃあ、誰からいく?
最後に使ってから随分と経っているいるから、まずは動作確認をする必要がある」
「訓練等は必要ないんですか?」と霜月が尋ねた。
「君達は指示に従ってくれればいい。座っていればいいだけだから、技術的な難しさも何もないよ」
「じゃあ、僕から」と蕗屋が手を挙げた。
「私も最初を希望します」と霜月を手を挙げた。
「おや、3人とも積極的だな」
波立は思わず横にあった扉に目をやりながら、「実験に興味があるんです」と言った。
すると、清水は驚いて、「どうしてその扉の向こうが実験室だと思ったんだ?」と言った。
「直感ですかね」
「いいね。じゃあ、君からだ。名前はなんという?」
「波立です」
「なかなか面白い名前だな。じゃあ行こう、ついて来い」
19:実験開始へ。
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